正常圧水頭症(normal pressure hydrocephalus:NPH)
認知症関連疾患:“治療可能な認知症”
水頭症の一般的事項:
・水頭症とは、何らかの理由で頭蓋内に脳脊髄液が貯留し、その結果、脳室拡大が起こる病態を言う。
・水頭症の中で認知症に関連しているのが“正常圧水頭症”で、治療可能な認知症である。
・脳脊髄液の産生⇒循環⇒吸収の概略を下記に示す。
水頭症のおおまかな分類:
・非交通性水頭症では、腫瘍や出血などにより髄液路が圧迫または閉塞し、このために脳室系内に髄液の貯留が起こり頭蓋内圧が上昇、頭蓋内圧亢進症状(頭痛、嘔気・嘔吐、意識障害等)を来す。急激な頭蓋内圧亢進は生命に危険が及ぶこともあり(脳ヘルニアによる脳幹圧迫⇒呼吸停止、深昏睡)、髄液を脳室外に排除する処置(脳室ドレナージ、脳室腹腔短絡術)が緊急に必要となる。
・一方、交通性水頭症では、脳室系とクモ膜下空は交通しており、多くの場合、髄液の吸収障害が原因と考えられている。髄液の産生過剰の病態を除くと、脳室全体が拡大しているにもかかわらず、頭蓋内圧が正常範囲にとどまる水頭症(正常圧水頭症)の病態となる。
特発性正常圧水頭症(iNPH)の特徴:
・治療可能な正常圧水頭症の最初の報告(1965年:Adams RD, Hakim S 等):
歩行障害、認知障害、尿失禁を3主徴とする症候群。
脳室は拡大していたが、髄液圧は正常。
髄液シャント術で症状が改善した。
・好発年齢:70〜80歳代、数年かけて症状発現。
・症状(典型例:3主徴):
①歩行障害:
・開脚歩行、小刻み、摺り足...方向転換困難、易転倒。
②認知障害:
・前頭葉機能障害が主体⇒無関心、注意力低下、動作の緩慢さなど。
・進行すれば、認知機能全般の低下。
・アルツハイマー型認知症との合併もあり、病型診断に迷うことも少なくない。
③尿失禁:
・尿漏れ、頻尿で発症することが多い。
iNPH Grading Scale:
(参照:かかりつけ医のための「攻める」認知症ガイド:特発性正常圧水頭症診療GL2011)
(特発性)正常圧水頭症の画像所見の特徴:
① 脳室拡大の判定(CT、MRI):
Evans Index :30%以上
② DESH (disproportionately enlarged subarachnoid-space hydrocephalus):
頭部CT、MRIにおける特徴的所見:
・シルビウス裂や脳底槽の拡大
・高位円蓋部や大脳半球間裂後半部の狭小化
③ 脳梁角:
後交連を通る冠状断において脳梁角(callosal angle:CA)が急峻(90°以下)
測定法:前交連-後交連(AC-PC)面に垂直で後交連を通る冠状断面上で左右脳梁がなす角度を測定する。
④ 帯状溝後半の萎縮:
頭部MRI(CTでも可)の矢状断における、帯状溝前後の脳溝拡大状態。
・iNPH:帯状溝後半の狭小化。
・アルツハイマー病:帯状溝前半の狭小化(後半の拡大)。
⑤ 脳血流検査(SPECT):
必ずしも、iNPHに特徴的所見はない。そのなかでも強いて言えば、
・脳梁周囲、シルビウス裂での血流低下。
・大脳皮質では前方優位の血流低下(アルツハイマー型認知症との相違)。
・高位円蓋部、正中部皮質では血流増加。
⇒脳室拡大により圧迫され、相対的に灰白質密度が高いことを反映。
などの所見があげられる。
特発性正常圧水頭症の確定診断から治療へ:
歩行障害、認知障害、排尿障害の一つまたはそれ以上の症状を主訴として受診。
基本的な画像検査(CTまたはMRI)において、脳室拡大(Evans Index:30%以上、DESH所見)を確認する。
基幹病院脳神経外科での確定診断、治療。
正常圧水頭症の治療:
・現在認められている唯一の治療法はシャント術である。
・貯留停滞した脳脊髄液を脳室~くも膜下腔から、体内のある場所にチューブを介して持続的に流出させる方法。
・体組織中に埋め込むことによって、半永久的に留置可能。
1. 脳室腹腔シャント(ventriculoperitoneal shunt:VP-shunt)
2. 脳室心房シャント(ventriculo-atrial :VP-shunt)
*敗血症、心内膜炎などの合併症に注意する必要がある。
*何らかの理由(腹膜炎、腹腔内術後癒着)で腹腔を利用できないときに選択。
3. 腰椎くも膜下腔腹腔シャント(lumbo-peritoneal shunt:LP-shunt)
*腰仙部褥瘡、高度の腰部脊柱管狭窄の場合は実施できない。
(詳細は成書に譲る)
特発性正常圧水頭症の診断基準(まとめ):
正常圧水頭症と鑑別すべき病態:
臨床的には、
① 認知障害を来す疾患
アルツハイマー型認知症
② 歩行障害を来す疾患
パーキンソン病・パーキンソン症候群
③ 認知障害と歩行障害の両方を来す疾患
レビー小体型認知症
進行性核上性麻痺
多系統萎縮症
大脳皮質基底核変性症
などとの鑑別が必要となる。